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ダブルスタンダード

多いよね〜

2017/03/17

ノンアクティブ→アクティブ

 

学校の始まりに合わせて睡眠時間を決めないと、と思って7時間分の目覚ましをかけ、鮮やかな二度寝

計10時間睡眠

 

午後、これからのお金のやりくりの計算を始めたときにDTMをどれくらいお金がかかるかを初めて試算しようと試みた

共用のパソコンはガタがきかけてるしと思ってDTM用のパソコンの値段やスペックを調べていた

なにもわからない、詳しくないものを買おうとすると初心者向けの看板を下げている店に吸い込まれてまんまとそうでもないものを買ってしまったりすることがある、できるだけそれは嫌だと思って掘り出し物を探しているんだけどトーシロが掘り出し物なんて笑い話である

とりあえず最低限度の重要なスペックや尺度の知識を得て、良い悪いの商品紹介のレッテルではなく数字を見られるようになった

高い買い物になりそうだ、調べる前はパソコンとDAW合わせて10万くらいでいいかと思っていたが、ある程度ちゃんとするならパソコンだけでそれ以上はかかりそうだ

けっこうキツめの高い買い物したらさすがに自分も応えるだろう…親の金で行く塾とは違って、自分で得たお金だし自分のやりたいことだから、と思う

 

今思い出したけど高校生の時に親に勧められて一緒に塾の説明会に行ってその場で入り、結果行かなくなって40万を棒に振ったことがあった

大学の授業も自分の気分で行かなくなって40万どころではない金額を棒に振った(部活にはずっといてそこまで自分の求めた上達はできなかったけどやりきった、その意味で言えば学費は完全に無駄にはなっていないけど…)

とんでもないことだと思うがそんなことができてしまう人間だったのだ。そして今も進行形でふいにしているものこそないものの、渦中に立つと同じことができてしまう人間なのかもしれないのだ。そしてその可能性はなかなか高いと自分でも思うのだ。

自分にはたいした進路は選べないだろう、そしてそこそこの進路を選ぶことになると自分の価値をきっぱりと決めてしまうことになる。夢を見られなくなる。

かといって専門的スキルやDIYのできるスキルもない。やりたくない。

こう書くと大変おろかな人に見えてくる。書いている途中で自分に対する突っ込みができるだけまだましだと思う。

多少一般的ではなくても、本当に自分のやりたいことのできる職種につくほうがいいと、思う

自分の進路を未確定にさせておくことで見られる夢よりも、確かな形を持った夢を追うほうが生産的ですよ。

 

帰ってからぼくのりりっくのぼうよみの運営する対談サイトを見た。

メディアアーティスト、AV女優、短歌の歌人ツイッターで面白おかしいコンテンツになっている人の4人とそれぞれしゃべっていた。共通したテーマは今の時代の特性とその中に生きる人の特性、自分が表現をやるようになった理由、そして自分たちは今どうあるべきかということだったように思う。

こういう新書みたいな、今の時代を客観的に見た話って面白いと思って読んじゃう。なんも思い出せないから残るものはなかったけど。でも穂村弘との対談は何箇所か共感できる部分があって面白かった。

表現について知れば知るほど自分で踏み出す時にハードルが高くなる、自分には表現の根拠になるバックボーンがないから困りながらやっている、表現に制約を設けることで新しいものが見えることがある、など

あと穂村弘にとってのいい表現が、不可逆性の変化を起こしていることというのが面白かった

 

期間限定のサイトらしい。下部にある簡易プレーヤーから彼(ぼくりり)のアルバムの試聴ができるらしいがやはりいまいちぴんとこない。

まず彼の歌い方だと俺には日本語がすっと理解できない。歌詞もボカロっぽいというか抽象的なものを漢字の多い言葉で説明するような形で、あんまり好きじゃない

それに音楽自分じゃまったく作らないらしい。そうかあー、と思う。伴奏は少し興味がある。楽器のチョイスや置き所、エフェクト、更に凝ってるなと思ったのがパン振り。かなりいろんなものの位置が違う、立体的。歌詞もそうだけど伴奏も具体性がすごく、説明的な印象を受けた。

 

なんかわかった風な口きいてるけど、表現に対する感受性に関して言えば俺の持ってるのは俗っぽい大衆のそれそのものなんだと感じることがここ最近多い。

面白いじゃん!いいじゃん!と思ったものはだいたい先駆者に言わせてみれば最大公約の層を狙ったものであることが多い。

これをわきまえていないといつかズレを知って痛い目を見る。